ロータリーエンジン開発に挑んだ日本の熱い男たち。

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ロータリーエンジン開発に挑んだ日本の熱い男たち。

原爆投下で一瞬にして焼け野原と化した広島。そこに奇跡的に 難を逃れた会社があった。東洋工業, 現マツダだ。
東の本田、西の松田と言われた名物社長。当時三輪自動車を作っていた松田は四輪市場に参入するにあたって何か他社にないものを探っていた。
ドイツでロータリーエンジンの試験開発に成功したと聞くや現地に飛び、高額な契約金を支払い権利を獲得、開発に社運をかけた。
ロータリーエンジンは、蒸気機関車を発明したジェイムス,ワット以来200年ものあまり実用化できなかった夢のエンジン。
かなりな高額の契約金を払ったにも関わらずドイツが開発したロータリーエンジンは欠陥だらけの不完全なものだった。
松田は若きエンジニア山本健一をチームリーダーに抜擢し総勢47名の開発チームを発足させた。
オイル漏れ、振動、内部に残る傷等次から次に起こる難題難問。夢は夢でしかないのか。と何回も開発を断念しかけたが、その難問をひとつづつ克服し。ついに1967年マツダはロータリーエンジンの開発に成功。1967年5月30日コスモスポーツ発表。
小型、軽量、ハイパワーを武器に世界に向けて販売した。アメリカではカーオブザイヤーを取り未来を変える車と絶賛された。ロータリーエンジン車の生産は順調に伸びロータリーエンジンのマツダは世界に知れ渡った。
しかし喜びも束の間1973年のオイルショックで一変した。
高出力のロータリーエンジンはガソリンを大食いする。
アメリカの燃費テストでは最下位、世界中で車が売れ残った。
会社の存続をかけ燃費性能を40%改善、RX-7で復活。
1991年ルマン24時間耐久レースでは日本車初の優勝を成し遂げロータリーエンジンの優秀さを内外に示した。

まずマツダが採用したのは、それまでにも多種多様な仕組みが開発されてきたロータリーエンジンの中で、「バンケル・ロータリーエンジン」という方式でした。その仕組みを学ぶため、西ドイツのNSU社に技術者を派遣。しかしそこでマツダの技術者たちが目にしたのは、「チャターマーク」という大きな障壁でした。

出典 http://www.mazda.com

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バンケル・ロータリーエンジンは、ローターが三角形のおむすび型をしているという特徴があります。気密性を確保するためにその三つの頂点に取り付けられた「アペックスシール」が、まゆ型のローターハウジングの内面を擦りながら高速で回転するため、内面のクロームメッキがものの数時間で洗濯板のようにギザギザになってしまうのです。
これが、「悪魔の爪痕」と呼ばれる異常摩耗「チャターマーク」であり、この問題の解決なくして、ロータリーエンジンの実用化はありえませんでした。

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マツダ内では、47人の若い技術者を集め、さっそくロータリーエンジン研究部が発足しました。まったく未知の世界へ踏み込む彼らを、山本健一部長は赤穂浪士になぞらえて「ロータリー四十七士」と呼び、こう語りかけました。「これからは、寝ても覚めてもロータリーエンジンのことを考えてほしい」。寝食を忘れたロータリーエンジン開発のスタートでした。
しかし、あらゆる材質のアペックスシールを作り、挙げ句には馬や牛の骨まで試してみたものの、チャターマーク解決の糸口は、いっこうに見つかりませんでした。学会や業界ではロータリーエンジンの実用化を疑問視する声が高まり、社内でも「予算の無駄遣い」と冷ややかな視線を浴びる日々。不安と焦燥に苛まれながら、四十七士たちはひたすら実用化を信じて耐えるのみでした。

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そんな中、ようやく1963年、ブレークスルーが訪れます。「アペックスシールの形状を工夫し、『周波数特性』を変えてみてはどうか」。そんなアイディアから、シールの先端近くに十字の孔を空けた「クロスホローシール」を試作。テスト後に分解したエンジン内部には、あのチャターマークはどこにも見当たらなかったのです。さらに翌年には、日本カーボン社の協力を得て、アルミの隙間をカーボンで埋める複合材のアペックスシールが完成。これにより、マツダのロータリーエンジンは、一気に実用化への道を突き進み始めたのでした。

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出典 http://www.hai-sya.com

○ロータリーエンジンの基本的な構造について

では、ロータリーエンジンの基本的な構造について見ていくことにしましょう。 レシプロエンジンでは、シリンダー内をピストンが上下することにより、4サイクル、つまり「吸気、圧縮、燃焼、排気」の工程を行っています。しかし、ロータリーエンジンはこの動作をシリンダーに該当するローターハウジングと呼ばれる場所で、独特な形をしたローターが回転し、同様の工程を行うのが特徴です。

ローターは正三角形を中心から膨らませたような形をしていて、これが回転することで得られる曲線をペリトロコイド曲線と呼んでいます。蚕(かいこ)の「まゆ」のような形をしていますが、ちょうど両サイドの真ん中あたりはやや凹んだ形状になっているのが特徴です。

ローターハウジングはこのペリトロコイド曲線の形に作られていて、中をローターがグルグル回り、4サイクルを行っています。しかし、正三角形を単純に中心の軸でグルグルと回していると、ただの円しか描きません。そこで、独特の動きをさせるため、ローターの中心にはレシプロエンジンのクランクシャフトにあたる「エキセントリックシャフト」と呼ばれるパーツがあります。

エキセントリックシャフトはローターの中央部分にあり、ローターの中心部分には、エキセントリックシャフトよりも大きな穴が開いています。この穴とエキセントリックシャフトにはそれぞれ歯車のように噛み合うようになっていて、これらがグルグルと回ることで、この独特な軌跡を作り出しているのです。

この二つは、ローターが1回転するとエキセントリックシャフトは3回転動くように調整されていて、これによってタイミングよく4つのサイクルを行います。

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飽くなき挑戦によって勝ち取った
ル・マン優勝
1991年のル・マン24時間耐久レースの参戦で、マツダは再び世界を驚かせます。ル・マン24時間耐久レースとは、世界三大耐久レースのひとつであり、最も過酷と言われるレース。24時間でのサーキットの周回数を競い合うため、エンジンの耐久性、そして効率性が極限まで試されます。

そこにマツダはロータリーエンジン搭載車として出場し、日本車初、そしてロータリーエンジン搭載車による史上初めての総合優勝を成し遂げます。1973年に初めてレースに参戦し、完走できずリタイヤしてから18年。実に、13回目の飽くなき挑戦の末、ようやく勝ち取ったトロフィーでした。

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ルールが改正され次の年からロータリーエンジン車が出場できなくなると決まった最後の年、マツダは万全の体制でレースに挑んだ。

ルマンで優勝した55号車マツダ787Bロータリーエンジンの音です。たまりませんねー!!!

ものづくり日本。戦後復興とともに今の日本を築き上げてきた熱き男たち。ないものを作る難しさ。成し遂げた時の喜び。次の時代を担う君たちに伝えたい。君たちはその熱きDNAを引き継いでいる。

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